決定論

独り言
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決定論って?

決定論っていうのはほとんどの人には

イメージがあると思うんだ

(説明しようとすると難しいけど)

単純に言えばすべての出来事や状態は

原因と法則によって決定される ってやつだね

過去の出来事 現在の状況で

未来の状況は必然的に決まっちゃう という

ある意味人間にとっては 諦めに近い考え方ってこと

色々な分野で使われることはあるけど

完全な分類は無いのかもしれないね

主要な分類では

因果的決定論(物理的決定論)

生物学的決定論

社会的決定論

存在論的決定論 なんてのがあるそうだ

物理的決定論は宇宙的決定論なんて呼ばれて

物理学 特に古典力学の基礎だね

現代での使われ方としては

決定論という時には因果的決定論のことを指す場合が多いみたい

それ以外を決定論に分類するのは

疑問視されているのかもしれない

宇宙やぼくたちの世界を表すのには

決定論はわかりやすいものなんだけど

ひとつだけ問題が出てくる

特に哲学なんかでは議論されているけど

世界というか物質的世界が決定論に従っているとしよう

では 人間は?

人間も物質的存在

人間も決定論に従うのか?

人間の自由意志というものは無いのか?

その辺りの議論は未だに続いているみたいだね

いくら議論をしても結論が出そうにはないけど

決定論の種類

因果論的決定論

これは一番理解しやすいかな

因果関係によってすべてが決まっちゃう ってもの

物理法則 自然法則 演算子 なんでもいいけど

Aという事象を入力すれば

Bという事象が出力されるという

当たり前のような話だね

この中には物理現象だけにスポットを当てた物理的決定論

ニュートン力学なんてそのまま当てはまる

それを拡大して創生から現在 

そして未来の宇宙も決定しているという考え方も

その中に入ってくる

もしかするとぼくの宇宙(存在)は決定しているって考えは

どこか 頭の片隅にこの考えがあったのかもしれないね

量子力学が発表された時に

業界があわただしかったのはこの因果的決定論に

『?』が投げかけられた というのが

一番の問題だったんじゃないかな

次に出てくるのが生物学的決定論と社会学的決定論

心理学で未だに続いている「氏・育ち」論争

どちらも人間の性格や行動がどうやって決定されるのかが問題点だけど

生物学的決定論ではどちらかと言えば遺伝・形質に

社会学的決定論では環境に重きが置かれているってことじゃないかな

存在論的決定論は因果的決定論に近いとは思うんだけど

宇宙や物理というものより

存在というものも決定されているという

どちらかと言えば哲学寄りの決定論 って

感じだとおもうよ

自由意志と決定論

決定論の考え方はこれも古代ギリシャ時代からと言われている

当時の哲学は自然科学と人間考察を

合わせて考察していたんだから当たり前のことかもしれない

どうやら初期の原子論を唱えた

デモクリトスさんあたりが発祥だ って言われているね

そのすべてが決まっているという考え方を

うまく取り込んだのがキリスト教

世界は神の意思によって決められている なんて

宗教にはもってこいの思想だもの

決定論が現在の形で定着しだしたのは

やはり産業・科学革命あたりじゃないかな

物質万能主義が流行った時代

『機械論』なんてその最たるもの

「物事や現象がすべて物理的・機械的な

法則や因果関係によって説明できる」

なんて完全な決定論だものね

神という概念から離れて論議された決定論が

因果的決定論 ってことだね

神のみもと という錦の御旗があった時はまだ良かったんだ

人間の自由意志なんて無い という

強引な説得材料があったんだからね

ところが機械論のような

物理的決定論が主流を占めると

当然のことに人間の自由意志という問題が

再燃してきた

有名どころで言えばスピノザさんなんかは

厳格な決定論者

人間に自由意志なんて無い って言い切っている

ライプニッツさんは『予定調和説』

『神』に与えられた範囲内での自由という

人間の自由意志を限定されたものにしちゃうことで

決定論と自由意志の共存を目指したみたい

でも ぼくが一番気に入っているのは

やはりデカルトさんの『実体二元論』かな

実体二元論

これも呼び方が色々あるから

単純に『二元論』としたほうが良いかもしれない

心身二元論・物心二元論・霊肉二元論

なんて呼ばれる時もあるけど

極論で言えば この世界には肉体や物質といった

物理的実体とは別に

魂や精神 意識もそうかもしれないけど

そういった心的実体がある ってはなしだね

『散歩……』に出てくる

色と意の関係に似ているのかもしれない

この考え方も遡れば古代ギリシャにつながっちゃう

古代ギリシャの人たちって

凄い影響を持っていたんだね

プラトンさん曰く「死は肉体と精神の分離」

分離した精神は永遠に不滅と提唱したわけだ

和訳するとニュアンスが変わるから

言語に近い言葉で書くと

死は『ソーマ(肉体のことだろうね)』から

『プシュケー(心・命・魂etc)』が分離すること

ということらしい

プシュケーは物理的実体を持たない

だから物理的に破壊されることは無い

破壊不可能のものは不滅である

すごい飛躍した論理だけど

否定もし難いっていうのは哲学論争のいつものこと

そんなわけでプシュケーは永遠に不滅である 

そう理屈づけられたってことだろうね

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