2026-08

独り言

肉体と精神(東洋編)

哲学もしくは宗教の死生観は肉体と魂という区分を前面に出している。ただこの魂がなにを指すのかに西洋・東洋の違いがある。西洋では思考や感情 意思や行動そして意識というものすべてが魂に分類され 東洋では少なくとも思考・感情・意思・行動は肉体の領域に分類される。問題は意識。意識は魂と肉体のどちらに分類されるのだろう。
独り言

肉体と精神(西洋編)

肉体と精神 肉体については自然科学という武器を使って考察するということが人類には許されている。ところが精神については観測することが出来ないという自然科学にとっては大きなハンディが立ちはだかっている。ギリ観測できるのが精神の動きに伴うと思われる肉体の動きのみ。そこに切り込むためには哲学より宗教学が必要になるのかもしれない。
独り言

やはり 迷子なんだろうな

宇宙や存在には実体がある。その仮説は正しい もしくはじぶんの中では一番しっくりくるかもしれない。人間という種の中の一体としてはという条件付きだが。では人間という種というものの存在とは。物理的肉体と精神的実在との結びつきはどうなっているのか。ましてや個という自身の存在とは。なんらかの光明が見えるときは来るのだろうか。
独り言

一つの結論

極端な唯我論を前提にするとどこにも進めない。だから(宇宙)実在論を前提として人間の知覚能力の限界は2次元空間 3次元空間については知覚ではなく認識の範囲。ましてや運動を伴う4次元時空間は認識さえ追いつかず確率論まで導入すると我々の手に負える範疇では無くなる。相対性理論・量子論にまで手を出した人間はどこへ行くのだろう。
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