独り言

肉体と精神(西洋編)

肉体と精神 肉体については自然科学という武器を使って考察するということが人類には許されている。ところが精神については観測することが出来ないという自然科学にとっては大きなハンディが立ちはだかっている。ギリ観測できるのが精神の動きに伴うと思われる肉体の動きのみ。そこに切り込むためには哲学より宗教学が必要になるのかもしれない。
独り言

やはり 迷子なんだろうな

宇宙や存在には実体がある。その仮説は正しい もしくはじぶんの中では一番しっくりくるかもしれない。人間という種の中の一体としてはという条件付きだが。では人間という種というものの存在とは。物理的肉体と精神的実在との結びつきはどうなっているのか。ましてや個という自身の存在とは。なんらかの光明が見えるときは来るのだろうか。
独り言

一つの結論

極端な唯我論を前提にするとどこにも進めない。だから(宇宙)実在論を前提として人間の知覚能力の限界は2次元空間 3次元空間については知覚ではなく認識の範囲。ましてや運動を伴う4次元時空間は認識さえ追いつかず確率論まで導入すると我々の手に負える範疇では無くなる。相対性理論・量子論にまで手を出した人間はどこへ行くのだろう。
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独り言

どこへ行くのだろう

量子力学の観測問題。生物学の環世界。局所実在論。世界の実在を考える時に一番ネックとなるのが「人間」 人間の認識能力というものと世界の実在というものが同列かどうか。 人間という存在が答えを導き出すということ自体に矛盾がある。人間は制約された認識力を使って矢を打ち続けるしかない。けっして的に中ったかどうかわからないままに。
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因果 Ⅱ

因果関係 古典力学に関わらず人間の考え方の原点として在る概念。前提として局所実在性という人間が主体の考え方が含まれる。哲学・自然科学すべてにおいて人間が認識し得るという絶対条件が必要だから仕方がないが。広く宇宙や存在という実体を考えてみよう。果たして人間は主なのか全体の一部なのか。なかなか回答は得られそうにはない。
独り言

因果 Ⅰ

因果関係 自然科学では思考の基本前提。Aという事象がおこれば必ずBという事象 原因と結果としてすべての基本法則の前提となるもの。たしかに空間の時間的推移というニュートン力学の時代から時空間という全決定論の中での相対性理論 確立という量子力学それらの間で揺れ動いてはいるが人間の思考の前提としては未だに主とされている。
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実体二元論

実体二元論もしくは心身二元論。存在としての実体と存在としての精神。これだけ聞くと宗教思想を彷彿とされるが物理学生物学の分野からも一応は研究はされている。ただ 心身分離と融合 イメージはわきやすいがそれを物理という事態の部分から解明するとなると障害が多すぎる。ましてや物理的実験データとなると皆無に等しくなってしまう。
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決定論

決定論として有名なのは因果的決定論 別名物理的決定論。すべては原因と法則によって決定されるというもの。過去の出来事 現在の状況で未来の状況は必然的に決まるという後の機械論などのベースとなった考え方。理論的には納得できるが必ず大きな反論が待ち構えている。人間や生物の自由意志というものは存在しないのか? という反論が。
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つたない予測

世界はすべて決定された状態にある。個の自由や意思決定に意味が無いと言われることは耐えがたいことではあるし個は自由意志を持つとは思われる。ただしあくまでも地域・時代という枠組みの中で。そしてその枠組みこそが決定されているとみなしてよいのだろう。決定を一点と考えるからこそ決定論に批判が出る。ゴールは結構広いのかもしれない。
独り言

世界や宇宙ってなんだろう

現時点での人間の思考の組み立てを考えると物理的には宇宙というものにはなにかが満ちている。それが場なのか演算子なのか未だ確認されていないものなのかは別にして。時間というものは過去から未来に向かって進んでいく。ただし この一見当然のことのように思える前提はあくまでも人間の持つ認識能力の不備から来ているのかもしれない。
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