独り言いったん保留 肉体と魂との区分はどこにあるのだろう。西洋風の考えている自分と物理的実体としての身体 この分け方自体には少々無理がある。魂を不変とするのならば自分自身の考え方が日々年月とともに変化を起こすことの説明が付かない。仮説として五蘊(色・受・想・行・識)すべてを肉体とする方法がある。では魂とは個にとってどのような存在なのだろう。 2026.09.16独り言
独り言死 肉体と魂 生物の死 絞って人間の死は肉体と魂の分離である。この仮定はある意味正しいのかもしれない。では肉体とは魂とは何を指すのか。単純に物理的実体としての人間を肉体とみなすのか五蘊(色・受・行・想・識)すべてを肉体とみなすのか。ではそして魂は思索・思考の部分もなのか存在の一部もしくはそのものとみなすのか。難しい問題には違いない。 2026.09.09独り言
独り言宗教と科学 自然というものに対する畏怖・好奇心 未熟な観測に理論づけるために生まれたのが哲学・自然科学。その中で人間の認識を超えたものを『神』という一つのブラックボックスと名付けて保留にした。時代の進みと共に観測枠は増えていく。そして観測枠が増えれば増えるほどブラックボックスも増えていく。未熟な時代 現在でもまだまだその時代は続く。 2026.09.02独り言
独り言肉体と精神(東洋編) 哲学もしくは宗教の死生観は肉体と魂という区分を前面に出している。ただこの魂がなにを指すのかに西洋・東洋の違いがある。西洋では思考や感情 意思や行動そして意識というものすべてが魂に分類され 東洋では少なくとも思考・感情・意思・行動は肉体の領域に分類される。問題は意識。意識は魂と肉体のどちらに分類されるのだろう。 2026.08.26独り言
独り言肉体と精神(西洋編) 肉体と精神 肉体については自然科学という武器を使って考察するということが人類には許されている。ところが精神については観測することが出来ないという自然科学にとっては大きなハンディが立ちはだかっている。ギリ観測できるのが精神の動きに伴うと思われる肉体の動きのみ。そこに切り込むためには哲学より宗教学が必要になるのかもしれない。 2026.08.19独り言
独り言やはり 迷子なんだろうな 宇宙や存在には実体がある。その仮説は正しい もしくはじぶんの中では一番しっくりくるかもしれない。人間という種の中の一体としてはという条件付きだが。では人間という種というものの存在とは。物理的肉体と精神的実在との結びつきはどうなっているのか。ましてや個という自身の存在とは。なんらかの光明が見えるときは来るのだろうか。 2026.08.12独り言
独り言一つの結論 極端な唯我論を前提にするとどこにも進めない。だから(宇宙)実在論を前提として人間の知覚能力の限界は2次元空間 3次元空間については知覚ではなく認識の範囲。ましてや運動を伴う4次元時空間は認識さえ追いつかず確率論まで導入すると我々の手に負える範疇では無くなる。相対性理論・量子論にまで手を出した人間はどこへ行くのだろう。 2026.08.05独り言
独り言どこへ行くのだろう 量子力学の観測問題。生物学の環世界。局所実在論。世界の実在を考える時に一番ネックとなるのが「人間」 人間の認識能力というものと世界の実在というものが同列かどうか。 人間という存在が答えを導き出すということ自体に矛盾がある。人間は制約された認識力を使って矢を打ち続けるしかない。けっして的に中ったかどうかわからないままに。 2026.07.29独り言
独り言因果 Ⅱ 因果関係 古典力学に関わらず人間の考え方の原点として在る概念。前提として局所実在性という人間が主体の考え方が含まれる。哲学・自然科学すべてにおいて人間が認識し得るという絶対条件が必要だから仕方がないが。広く宇宙や存在という実体を考えてみよう。果たして人間は主なのか全体の一部なのか。なかなか回答は得られそうにはない。 2026.07.22独り言
独り言因果 Ⅰ 因果関係 自然科学では思考の基本前提。Aという事象がおこれば必ずBという事象 原因と結果としてすべての基本法則の前提となるもの。たしかに空間の時間的推移というニュートン力学の時代から時空間という全決定論の中での相対性理論 確立という量子力学それらの間で揺れ動いてはいるが人間の思考の前提としては未だに主とされている。 2026.07.15独り言