2026-09

独り言

ひとまずのまとめ

人間の観測能力の限界 それがある限り本質(存在)にはけっして届かない。どうやらそれが結論になりそう。本質的には交わることが出来ない全体に参加できる時まで孤独な『個』という存在として旅を続けていく。それが人間(生物)の宿命と考えると自身の不安・焦燥は理解できる。ただ そうなると自身の『個』という概念はどこにあるのだろう。
独り言

再度保留 もしくはいったん白紙へ

世界の真理 存在の正体。大上段に掲げてみても結局は人間の認識能力では正解は見つけられない。もし正解にたどり着いたとしてもそれが正解かどうかの判断がつかないというのが人間の限界。日々の生活という人間界の中での価値判断は本質をゆがめてしまう。己がどう生きるのかと己とは何者なのか。たぶんこの二つは両立しない概念なのだろう。
独り言

いったん保留

肉体と魂との区分はどこにあるのだろう。西洋風の考えている自分と物理的実体としての身体 この分け方自体には少々無理がある。魂を不変とするのならば自分自身の考え方が日々年月とともに変化を起こすことの説明が付かない。仮説として五蘊(色・受・想・行・識)すべてを肉体とする方法がある。では魂とは個にとってどのような存在なのだろう。
独り言

死 肉体と魂

生物の死 絞って人間の死は肉体と魂の分離である。この仮定はある意味正しいのかもしれない。では肉体とは魂とは何を指すのか。単純に物理的実体としての人間を肉体とみなすのか五蘊(色・受・行・想・識)すべてを肉体とみなすのか。ではそして魂は思索・思考の部分もなのか存在の一部もしくはそのものとみなすのか。難しい問題には違いない。
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宗教と科学

自然というものに対する畏怖・好奇心 未熟な観測に理論づけるために生まれたのが哲学・自然科学。その中で人間の認識を超えたものを『神』という一つのブラックボックスと名付けて保留にした。時代の進みと共に観測枠は増えていく。そして観測枠が増えれば増えるほどブラックボックスも増えていく。未熟な時代 現在でもまだまだその時代は続く。
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