実体二元論

独り言
スポンサーリンク

デカルト

若いころは最終的に『神』という概念を

持ち出すことが多いように思えたので

なんとなく敬遠していたデカルトさん

あらためて勉強してみると

凄い人だったんだと思うよ

哲学・自然科学どの分野にも秀でていたんだからね

デカルト ライプニッツ スピノザ ガリレオ

17世紀にはとんでもない人たちが

そろっていたもんだ

科学も形而上学や形而下学なんて

細かく専門性を問わなかったんじゃないかな

4人とも哲学者として有名だけど

デカルトさんやガリレオさんは物理・天文etc

ライプニッツさんは数学

スピノザさんは政治学

それぞれ自然科学の分野でも

名をはせていた人たちなんだから

その中のデカルトさん

「我思う ゆえに我あり」 って言葉が有名だけど

全ての現象に疑問を投げかけるという

おそろしいことに挑戦したんだね

この『全ての現象』というのは

物理世界のことになる

それらをすべて否定していった先に残るのは

考えている自分である というのは

あきらかに物質と精神を分離している考え方

人間というかデカルトさんは

自分自身の中に

「物質的な身体」と「精神的な心(魂)」という

2つの実体がある って考えたみたい

この考え方を『心身二元論』 と名付けたんだ

物質と精神は別ものだって考えは

プラトンさんの時代からあったけど

その考えを推し進めていったんだよ

ただ 悲しいかな

過去の偉人達も科学というもので括られちゃった

科学となればぼくみたいに

自分だけ納得すればいい なんて

わがままなことは言えないんだよね

そしてデカルトさんは特に

哲学という思想系の学問に

自然科学の定義をなんとか当てはめようとした人

後のエーテルの元の考えになった『渦動説』なんかは

その典型

心身二元論にも身体と心の接点を

なんとか定義しようとしちゃった

「物質的な身体」と「精神的な心(魂)」という

2つの実体が人間の中で融合しているという状態は

はっきり言っておかしい話なんだ

『散歩……』流に言えば

色と意が融合しているってことになっちゃう

これは明らかな矛盾

観測されるものと観測するものが

同じ土俵の上にいるんだから

そこでデカルトさん 脳の中の松果体という

脳の真ん中 左右の視床体の間の器官が

身と心を繋ぐ役目をはたしている

という説を打ち立てた

デカルトさんのすごいところでもあり

後世で批判を受けるところでもあるけど

その時点でなんとか自分の出した説に

理論建てをしちゃうという姿勢は

どうなんだろうね

エーテルにしても宇宙空間には

『なにか』が詰まっているとしたら良かったし

身体と心もなんらかの作用で繋がっている

そう言っておけば問題なかったと思うんだけどね

心身二元論への反論

心身二元論は 例えば生死の問題なんかには

明確な回答が出せるよね

プラトンさんもそうだったけど

ソーマとプシュケーがくっ付けば『生』

離れれば『死』ってことだもの

もっとも プラトンさんは

プシュケーを実体として定義しなかったけど

デカルトさんは身体や物質を物理的実体

魂や心 精神とか意識ってものを心理的実体として

どちらも実体のあるものとして定義したわけだ

実体がある ということは

なんらかの物理法則に従うとしたわけ

そこで脳の松果体という器官を持ち出したんだろうね

松果体というのは人間ならメラトニンという

睡眠ホルモンを分泌する

だから夢を見るということが

身・心の融合ということから考えると

あり得そうな話

人間以外の動物では光を感知する部位

ということもわかっている

第三の目とか言われているけど

アニメ・SF・宗教なんかで

額の真ん中が超常現象の源として描かれるのは

この松果体の部位だよね

この部分で身・心が融合するというのは

業界外の人間(ぼくみたいな)には

納得できそうな話だけど

業界ではそうはいかない

物理学 特に力学的説明は出来ていないし

非物質が物理的なものに作用するとなると

エネルギー保存則が成り立たなくなる

そういう批判が多くなってきたんだ

なにより非物質が物理的なものに影響を与えるとなると

『因果』というものが成り立たなくなる

そこが一番の問題だったんじゃないかな

もうひとつあるのが心理的実体というものが

存在するとすれば

それはプシュケーもしくはそれに類するものを

認めることになる

プシュケーにしろ心理的実体にしろ

それは物理的影響を受けないはずだよね

物理的制約を受けないということは

破壊したり分解したりできないということ

当然経年劣化もない

そんな存在は破壊不可能 すなわち

永遠に単一のものとして存在し続ける ってことになる

もし人の思考 判断 言語機能といった

高次の精神機能が心理的実体によってもたらされるのなら

高次機能障害と呼ばれる

脳機能の疾患による症状について

説明ができない という反論も出て来た

ようするに 自然科学が発展

特に機械論の普及以降

心身二元論は科学的には否定される場合が

多くなっていったってことだね

もっとも業界内でも一部では

肯定的意見もあることは確か

哲学・心理学の学者さんたちの中には

もともと精神や魂というものの存在を

肯定していた人も多かったけど

なんといっても科学としての実験データが

不足 というより皆無に近かった

物理学の世界では量子論の立場から

肯定意見も出て来たけど

こちらもデータ不足は否めない

結局 心理的実体はあるのか 無いのか

今のところ結論は出ず ってところかな

科学的心理的実体

デカルトさんは身体としての物質的実体と

心(魂?)としての心理的実体との接点として

松果体というものを持ち出した

もっとも脳科学の分野では

『否』の声が高くなっちゃっているみたいだけど

ところが近年になってあのペンローズさんが

脳内の情報処理に量子力学が

関与しているんじゃないかって言いだした

ペンローズさんと言えば

2020年にノーベル物理学賞を取った人だね

「ペンローズの量子脳理論」と呼ばれている理論では

物質波重ね合わせから条件の選択が起きるが

意識はその条件の中にすでに存在しているという

実体二元論に近い説を出したってこと

もっともこの発表の時には

脳の中のどの部分がこの実体二元論としての

身・心の結合を起こしているのかという

明確な答えは無かったみたい

その発表を受けて医学的な立ち位置から研究しようとしたのが

麻酔医のハメロフさん

ハメロフさんとペンローズさん

この二人は共同研究でOrch-OR理論という

生物の意識と物質の交差器官として

マイクロチューブル(微小管)というものが

関係しているのではないか という説を打ち出した

微小管なんてぼくは聞いたことも無かったけど

染色体なんかもその一種ってことらしい

Orch-OR理論にはペンローズさんも

微小管の格子が持つ数学的な構造に興味を持ったみたいだけど

一応の仮説を出した後は

それ以上追求しなかったみたいだね

一方 ハメロフさんは以降もOrch-OR理論の

普及に努めているみたいだけど

業界で認められているというはなしは聞かない

とにかく心身二元論

特に『心』の方はデータのとりようがない

だから賛成も反対も科学としての裏付けが

不足しちゃうんだよ

タイトルとURLをコピーしました