つたない予測

独り言
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宇宙は確定している?

時空間としては確定している

世界や宇宙というものが時空間という観点で見てみれば

確定してる というのはぼくの中でのひとつの考え方

合っているかどうかなんてわかるわけもないけど

間違っていると断言できないところがみそ

ある意味『因果決定論』に近いのかもしれないけど

ぼくの中では『決定論』自体が

不完全なもののように思えるんだよね

決定論については後で少し触れてみるけど

原因と結果が一点に集約するのかという

この『一点』についての解釈の問題かもしれない

ひとまずはぼくの予測(今のところの)を

まとめておくね

個というものはその動きは予測できない

ただし 周りの環境や個自体の持っている能力によって

その行動方向は絞られてくる

個の集合した小集団で考えてみよう

この小集団の動きも予測がつかない

だけど 個に比べて周りの環境の影響は大きくなる

だから その行動方向の制約はより絞られる

集団に属する個がモル数を超えた場合を考えてみるよ

この場合その集団の方向性は

ある程度予測できるものになるんじゃないだろうか

そこに属する小集団や個は

相変わらず予測のつかない動きをしているはず

ただし 周りの環境による影響によって

全体としては ほぼ一方向に進むんじゃないか

そんな風に思えるんだ

宇宙とか存在とか呼ばれるものは

モル数どころかさらに多くの個で構成されている

(そんな感じじゃないのかな)

ぼくが時空間は確定していると思うのは

時空間=宇宙・存在 という仮定の下では

その方向性は限りなく一方向になるんじゃないか

ってことなんだよ

ただ 誤解がありそうなのでひとこと添えておくと

ここで書いている『個』っていうのは

必ずしも『人間』のことじゃない

宇宙・存在を構成している最小単位のことだね

だったら原子や素粒子なのか?

そこのところは未だ想像はしてないけど

つたないぼくの感覚だと

なんらかの意思を有したもの って感じなんだ

もう一つ誤解を生みそうなものに

『方向性』と『範囲』があるんだけどね

方向性と範囲

個や小集団の動きが予測できない っていうのは

現時点からの方向性がアバウト ってことなんだ

未来に向かっての方向っていうのは

横のX軸に空間 縦のY軸に時間を取れば

原点より上方向ってことだね

個が今いる場所より向かう将来の位置は

空間上の180度弱の方向性の中にいるってことになる

(180度弱っていうのは時間経過があるから

真横には行けないでしょう)

そこに個の持つ潜在的能力(生物で言えば遺伝因子)

現状の個のある場所・空間の制約

個が現状にたどり着くまでの運動エネルギー

それによって大幅に方向性は制約されるだろうけど

小集団になるとその制約がより強くなり

その制約は集団を構成する個の数が増えるにしたがって

どんどん強くなっていく そんな気がしないかな

ただし個と集団の制約は方向性ってことに対してだよ

集団が大きくなればなるほど

方向性は収斂していく

だけど同時に集団が大きくなればなるほど

その集団の持つエネルギーというかスケールは

大きくなっていくと思うんだ

大河の中の一筋の水の流れが

自由奔放に動いているとしようよ

その一筋だけを観察すると

その動きは無秩序かもしれない

だけど大河全体で見れば

整然と一方向に流れている

そんな感じじゃないかな

だから現時点から単位時間後にある個の位置はランダム

だけどその位置は少なくとも大河の範囲にあるよね

現時点から単位時間後にある大河の位置は

ある程度確定している

だけどその位置は個の位置に比べると

広い範囲か 少なくとも同じ位置にある

そういうことにならないかな

決定論

集団が十分な個を含むとすると

その運動方向は個の数に従って集約していく

その数が無限大に近づけば近づくほど

運動方向は一方向に収斂してしまう

なんとなく納得できそうな感じじゃないかな

宇宙(存在)の内包する個の数は

無限大のような気がしない? (あくまでイメージだけど)

だとすると宇宙(存在)の方向性は

決まっている って考えられるよね

だから宇宙(存在)は決定論で語られる ように思えちゃう

ただ ぼくの中で納得できないのが

原因と結果というものを

一点で要約しようとしているところなんだ

『点』というものは数学という

言語では成立しているかもしれないけど

実際 現実世界ではあり得ない存在

もしくは ありえたとしても

人間の認識能力では捉えられない存在のはずなん

だから 宇宙(存在)が仮に決定論から逃れられないとしても

その運動方向は大河のように

広い幅を持っているんじゃないかな

人間なんてその幅から見れば極々微細な存在

その微細な存在からすれば

大河の幅もある決定された未来というものは

不確定な未来としか感じられないと思うよ

ただ あくまでもこの話は

ぼくの思い込みとつたない予測

それに言語のアバウトさが付いて回るんだから

ほとんど意味をなさないんだろうけど

第一 『決定論』というのも

あまりに説が多すぎて一概には語れない

『決定』ということがどういったものなのか

もう一度調べ直す必要がありそうだね

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