やみくもに

独り言
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因果関係

これからしばらくは頭に浮かんだ考えを

順不同で書きなぐっていくつもりだから

スルーしてもらっていいと思うよ

もともと思い付きの断片を継ぎはぎしているうちに 

なにか新しい突破口が開けるんじゃないかと

書いているブログ

これまでだってけっして他人に

わかってもらおうなんて配慮は無かったんだから

今更だけど

因果関係っていうのはなんだろう?

原因があって結果が出る

あまりにも当たり前のことのような気がするけど

果たしてそうなんだろうか

Aという事象が存在する

すると時間経過後にBという事象が生じる

ある意味演算子にAを入力すると

出力として出てくるのがBだってことと同じかもしれない

宇宙は演算子の場だという考え方は

因果関係を基に編み出されたんじゃないかな

ただ人間の思考力は

過去に向けてしか働かない

原因と結果なんてわかったようなことを言っているけど

実際は今ある現象の原因となるものしか

認識できないってこと

そして今ある現象は未来における原因になる

だとすると未来における現象の原因は

今の事象なのか 今の事象を引き起こした

過去の現象なのか

過去の現象もまたそれ以前の現象の結果でしかない

はてさて 因果関係ってものを導くのには

どれだけ遡ればいいのだろう?

集団と因果関係

集団としての方向性

言い換えれば集団の未来ってものは

モル数に達する集団ならある程度推測できるとしようよ

宇宙にどれだけ星の種類があるのかは分からないけど

仮に恒星・惑星・衛星みたいに

ある程度塊の在るものを星とするならば

宇宙の星の数はモル数に達するね

だとすると星の方向性は

ある程度推測できるってことになるわけだ

あくまでも『星』全体の方向性であって

個の星や宇宙の方向性じゃないけど

人間で考えてみるよ

人間という種の数はモル数に遠く及ばない

多細胞生物の中で圧倒的数を誇る昆虫類でさえ

遠く及ばないんだから多細胞生物で括っても

方向性は推測できないってことだね

だから地上の生物の未来は

期待値でしか導けないわけだ

なんとか方向性を導けるのは

生命というものの方向性なんだろうね

もちろん地球上の生命全体の方向性であって

個の命や地球の方向性じゃないけど

なぜこんなくだらないことを

ダラダラ書いているのか?

簡単に言えばモル数に達していない集団の行動

もしくは有様っていうのは

無意味なものだってことなんだ

極端に言えば 人類とは とか

男とは 女とは 国別・色別の人種とか

あくまで確率であって確定できないってことだね

だから前に書いたように

なんらかの集団を論評するのには

確率解釈しかないと思えるのはこういうこと

では 『個』は多世界解釈 っていうのは?

他の人はどうか知らないけど

ぼくに限っていうのならば確率の中で生きてきた気がしない

たしかに過去に分岐点はあったと思うよ

そしてその時点でいつだって

選択してきたような気はするんだ

だからといって違う選択をした結果について

考えることは出来たとしても

実感は出来ないよね

因果関係というのかどうかはわからないけど

確定したルートの中を生きてきたように思えるんだ

ただ 各選択肢において

別ルートを選ぶ可能性は少なくは無い

それこそ 大きな分岐点だけじゃなくても

歩きだすときに右足からか左足からか

お茶を飲むのかコーヒーを飲むのか なんて

些細なことでも分岐点になっているんだろうからね

ただ 個人の分岐点でどの方向を選んだとしても

その結果は些細な違いしかない

自分の選択で起こったことで考えると

この世からいなくなっている分岐点は

これまでに5回はあるし

少なくとも今の数百倍のお金を稼いでいた可能性も

子供や孫のいる可能性 独身でいる可能性

どの可能性もあったはずだけどね

でもそんなことが宇宙の中で意味を持ちはしない

宇宙どころか地球上 人類  

そんな小さな集団の中でも

何の意味もないだろうな

個の意思

では個の考えていることや選択は

まるで意味が無いことなんだろうか?

結論から言えば意味が無い ってことになるんだろうね

ぼくは人類の一員(たぶん)

だとすれば人類が未来において

モル数に達するとした場合

ぼくの行動や選択は人類が進むべき方向から

外れることは無いはずだから

例えが下手だから より分かりにくくなるかもしれないけど

モル数に達した集団は

ある意味『川』の流れのようなものなんだと思う

川の中にある水分子はそれぞれ

バラバラな方向性を持っている

だけど全体としては川の土手 というか

堤というエネルギー障壁から外れることが無い

もっとも氾濫やなんかで例外もあるかもしれないけど

そんな例はひとまず考慮に入れないようにして

モル数に達した人類という括りの中では

個人の意思というものは意味が無いってこと

個々の人間にとっては大きな変化を

もたらすような出来事であっても

その個人の変化自体に集団への影響は無いってことだね

バタフライ効果やカオス理論なんて聞いたことがあるし

実際微細な変数が未来において

大きな変化をもたらすかもしれないのは事実

ただし それはあくまでも

モル数に達していない集団での影響ってこと

個人の行動や選択は意味が無い

これはたぶん間違っていないように思うよ

ただ 正確じゃないとは思うんだ

正確には個人の行動や選択は

属している集団の方向性には影響が無い

そういうことなんじゃないかな

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