ド・ブローイ波

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物質波

光が波動(波)だけじゃなくて

じつは粒子の性質も持っているんだよという考え方は

ある種の発想の転換だったんだ。

光が波だって説と

光は物質だって説は昔から議論の対象には

なっていたけど

この光子の理論が出るまでは

光=波動説が

優位を占めていただけのことで

光の中には粒子があるってことだけなら

それほど問題になることじゃなかったはずなんだよね。

問題は光が粒子であり

また波動でもあるという考え方なんだ。

じっさい20世紀前半までは

「午前中は光を粒子と考え,午後は波動と考える」だったり

1週間のうち,月水金は光を波動と考え,火木土は粒子と考える」なんて

ジョークがあったっていうぐらいだから

物理学者たちも右往左往していたってところが

正直なところだったんじゃないかな。

そのうえ、光が二つの性質を併せ持つってことが認められてしまうと

新たな問題が出て来た。

波動だと思われていた

光が粒子の性質も持っているのなら

粒子の集合体だと思われている『物』が

波動の性質を併せ持っていたっていいじゃないかって。

主張したのはド・ブローイさん。

ブローイさんは『物』(もっと極端に言えば電子なんかのことかな)

っていうのもじつは波の性質を併せ持っているんじゃないかとして

その波の性質(粒子の波動)を『物質波』と命名したわけだ。

もしそうならばアインシュタインさんが発表した

『光子』のエネルギー・運動量と

光の振動数・波長の関係式が

この物質波にも成り立つはずだってことだね。

ちなみに粒子としての光子と

波長としての光の関係を書いておくけど

記憶にとどめる必要はないと思うよ。

単純に光のエネルギーは振動数に比例して

運動量は波長に反比例するってことだけ

なんとなく「そうなんだ」って思っていれば十分じゃないかな。

光の振動数をν(ニュー)

光の波長を λ(ラムダ)

光のエネルギーをE

運動量を  pとして

E=hν

p=h/λ

(hはプランク定数って言われているけど要するに決まった数値だよ)

余談で書いておけば

ここに出てくる運動量ってのは

質量×速度のことだね。

粒子と波動が一緒だったらなぜおかしいんだろう?

きっと理系の人なら感じ無いんだろうけど

ぼくの中ではこの粒子と波動の性質を併せ持つってことの

どこに問題があるのか

わからないんだ。

問題点として書かれているものをみると

波動は状態で粒子は実体

だからおかしいってのをよく見かけるけど

あたまの中は「???」だね。

状態ってのは

「事物・対象の、時間とともに変化しうる性質・ありさま等を指す言葉」

なんて言い方で解説されている。

実体ってのは

「そのものの本当の姿。実質・正体」

って書いてあるね。

でもこれって当たり前なんじゃないの?

万物は流転・変転するなんてのは

当然のことのように思えるんだけどな。

ぼくみたいに文系

しかも少しだけ哲学よりに傾いた人間から見ると

光が粒子性と波動性を持つなんて

「それがどうした」くらいの感想なんだよね。

『事実』と『真実』の合致点と

永遠に和合しない点

そんなことばかり考えていると

『個』としての存在(実体みたいなものかな)と

全体の中の『私』(状態ってそうじゃない)が

同時存在するってのはおかしいとは思えないんだけど。

あるときは『個』としての存在で

ある時は『私』だって普通のことだよね。

もっとも目の前の物(石でも何でもいいけど)が

決まった形を持っていないとなると

困ったことになるかもしれないけど。

二重スリットの実験

ちょっと話を戻そう。

光が波だって思われていた一番大きな理由に挙げられるのが

ヤングさんの二重スリットの

実験結果なんだ。

きっと学校の理科か物理の時間に

聞いたことがあると思うけど

光を狭い隙間を通してその先にある写真フィルムに

当てたと考えてみよう。

一つの隙間だけを通した光は

フィルムに隙間で狭められた写真が写されるって

あたりまえのことだね。

今度は二つの隙間を並べたところに

光を通すとどうなるか。

本来なら二本の狭められて写真が写されるはずなんだけど

フィルムには『干渉縞』と呼ばれる

濃い薄いのいくつもの線上の写真が写されるっていう実験が

有名な二重スリットの実験。

これは光がスリットを通った後

その障害物の後ろに回り込む性質(回析)と

光と光がぶつかったときにお互いを

強めたり弱めたりする(干渉)性質を持っているってことを

表しているんだ。

そしてこの回析と干渉ってのは波の性質。

だから光は波の性質を持つってことになったってことだね。

現在のフィルムがどんな風にして

写真を映し出すのかは知らないんだけど

この当時の写真フィルムっていうのは

基本的にはフィルムのハロゲン化銀に光が当たると

銀が析出(溶液から溶質である成分が固体として現れる現象だよ)して

像を結ぶっていう化学反応。

二重スリットを通った光はお互いに干渉しながら

強い弱いでフィルムにあたって

縞模様ができるってことなんだ。

ところが、当時から問題にはされていたみたいだけど

光がフィルムの銀を析出するためには(光の強さにもよるんだけど)

結構時間が必要なんだよ。

でも現実には短い時間でフィルムは感光してしまう。

これは光が粒子性を持っていると考えれば

納得が付くんだけど

でもね、光を単純な粒子と考えると

1つの光子が同時に2つの隙間を通るってことは

できないじゃない。

右と左の隙間を通った光子通しがぶつかって

縞模様を作ったんじゃないかって考えられもしたんだけど

光を思い切り絞って

単位時間に一個ずつしか光子の出ない状況

(別々の隙間を時間をずらしてしか光子が通れないような状況)

でも干渉縞が出来ちゃうという実験結果が

でてるんだよね。

(露光時間が3ヶ月間にもなるような極めて弱い光で

同じ干渉縞ができるっていう実験が1909年に

おこなわれているんだよね。

まったく科学者ってのはすごい、もしくはおかしい)

『併せ持ち』の自然科学流挑戦

哲学、特に東洋哲学的トライなら

この光の『併せ持ち』ぐらい

どうとでも説明できるんだろうけど

なんといっても理論と実験が必要な自然科学だと

そうも言ってはいれないんだろうな。

なんとか理屈をつけて

現段階での正解を導き出さないといけないんだから。

今問題になっているのは原子や分子レベルでのはなし。

でもそれを古典力学(マクロの世界って言い方をするけど)の

レベルとの齟齬をおこさない解決が望まれているってこと。

光が波動か粒子かもしくは両方の併せ持ちなのか。

現在じゃ光は電磁波の一種ってことになっているんだから

電磁波も同じくどういう構造なのか。

電磁波が粒子性を持つのならば

物にも波動性があるんじゃないかという物質波の問題。

特に電子に関してはどうやら波動性がありそうだという研究。

このあたりのつじつまをなんとか合わせるためには

これまでの古典力学と呼ばれるものとは違う

それでも古典力学を否定しない

新しい理論が求められてきたんだよね。

実験・観測の結果を満足をさせる理論の構築。

その理論の検証、そして実験・観測。

まだ途中だと思うけど

それでもわからないなりに少しだけ覗いてみようかな。

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