人類・人間・個人

独り言
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集団

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すべて人類共通に認識させるためにつくられている

たしかに修正や誇張 虚偽に作為

ある偏った集団のために捏造されている部分も

数多くあるだろうけど

それでも集団の構成員という

他者との共有を目的とされているものが

一般に情報と呼ばれるものじゃないかな

そのために言語というイメージ伝達手段が

利用されている というのは当然のこと

ただ如何に確固たる集団だとしても

個人の集まりでしかない

全体が集団として共通認識を得ることは無い

もしあるとするならば

集団 国家であれ 会社であれ 秘密結社であれ の

それ自体の意思というものが存在しているだけのこと

そしてその意思は けっして個にとって

納得できるものではないだろう

なんて 堅苦しい話になっちゃったけど

どうもぼくは集団というものに

なじめないんだよ

一応日本という国家に属してはいるけど

国家の中のぼく っていう存在にはなりたくないんだ

じぶんのアイデンティティはあくまでぼくであって

属性としては日本人 ってことでありたいんだけど

ただのひねくれものかもしれないね

だけど個人と集団

じぶんがどちらに属するのかは

真剣に考えていたほうが良いと思うんだけど

人間

よく書かれている文献に

人間とは集団生活を送る生き物

っていうのがあるよね

ことわざでは人は独りでは生きていけないとか

たしかに生物として弱者に分類される人類が

(現在のところ)地球の覇権を担っているというのは

驚異でしかないとは思うんだ

道具や火の使用 共通言語の使用なんかがあげられるけど

もうひとつ重要なのが集団生活じゃないかな

もともと人類の初期のころは

サルと同じように10~100頭くらいの集団で

(一説では平均150人くらいって言われているけど)

生活していたみたいなんだ

集団からはみ出すと単独では生きられないから

その集団のルールに従う ということが

人類の進化に刷り込まれているのかもしれない

ある程度高等生物と呼ばれる生物で

150という個体が群れているのは

珍しいことじゃないかな

クジラの中には平均300頭が

(最大のコロニーは1000頭いたらしいけど)

群れたりする種類もあるみたいだけど

珍しい分類にはなるみたい

人類が他の種族に比べると少々多い集団生活をしていた

その進化の刷り込みが

現在の個と公共とのギャップを

生んでいるんじゃないかな

そのうえ 150人程度の集団で

暮らしていれば良かったものを

人類の覇者としての業なのか

その構成人数を拡大していくという

暴挙に出ちゃったんだよね

欲望

初めは対外敵対策として

人数を増やしていたのかもしれない

集団でいるというメリットは

力関係で他種族を排除できるということと

圧倒的力量差のある敵に襲われた時に

わずかでも生き残る個体の数を

増やすという二つがあるのだから

どちらかというと後者のメリットが大きいらしいけど

人間という種がそれまでの生物種と根本的に違うのは

その欲望の限界が無いところ

というのは納得できる部分がある

初期の集団は集団メリットの

生き延びるに特化していたんだろう

その当時の人類は

十体 多くて数十体程度の集団で

構成されていたんだと思うね

今で言えば 家族単位って感じかな

この組織は多くの動物の間で

確認される集団だね

ただ 如何せん 人類とは弱小生物

周りと同じ形態では生き延びられなかったに違いない

だから その中の強い集団が

周りの集団を傘下に入れていくことで

150人程度の集団に成長していって

なんとか生存バランスを

取っていったんじゃないかな

150人といえば小企業ってところ

ここで収まれば 人類が生物層のなかで

優位な位置を占めていくというところで

落ち着いたのかもしれない

ところが人間はその欲に

限界がないという特性を持っちゃった

150という数字が外敵に効果があるとなると

それ以上に集団が大きくなれば

より安全になるんじゃないか

そういった発想が出てくるのは

当然のことだったのかもしれないね

組織

集団が大きくなるということは

個より集団の意思が大きくなるということ

会社なんかで使われる

『法人』格みたいなもの

集団という一人の人格を支えるために

個はその役割を特化させていく

人間で考えれば

個々のパーツ 目でも耳でも

手でも指でも 髪の毛だって

人間の一部だからね

当然 不必要なものも一部には違いない

排泄物や古くなった皮膚なんかは

切り捨てられていくからいいけど

盲腸なんかいらないくせに

堂々と身体の一部を占めているのは

どうかと思うな

それはさておき 組織は一個の人格

極端に言えばひとりの人間として

動き出していく

ではその行動の方向性は

どうやって決定されるのか

これは難しい問題だね

個人の方向性はどうやって決められるのか?

この答えが難しいのと同じこと

脳なのか 魂なのか 身体なのか

それらが複合的に絡み合ったものなのか

もし 身体の各部位が

合議制で行動指針を決定しようとすれば

とんでもないことになると思わない?

『美』を基準に行動方針が決定されるとしよう

たとえば髪型をその時の美に合わしたものにしようとするね

だから基準に合わない部分は

切り捨てよう ってことになるでしょ

合議制だと切られる髪は

絶対に反乱を起こすんじゃないかな

痩せようとすれば脂肪たちが

脱毛しようとすれば体毛たちが

猛反対するのはあたりまえだよね

そこで意思決定をする存在の必要性が出てくる

意思決定が個なのか集団なのかは

状況によって変わるだろうけど

組織は意思決定者と意思達成者で

構成されていくのは

必然の流れなんだろうね

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