ファーストの記述の断片
ぼくが考えのベースにしようとしている
『散歩の途中』の概略を
少しだけ書いてみたけど
あまり参考にはならないみたいだね
まあ こんな考え方もあるんだよ
くらいで流しておいてもらえばいいよ
また聞きの
それも断片を聞かされても
なんのことだかわかるわけないもんね
だから そろそろ
自分語りみたいなお話から
戻っていくことにしよう
でも せっかく
ここまで書いてしまったんだから
ぼくが一番気になっている部分を
拾い集めて
いったん終わりってことにするね
まずはファーストについて
書かれた断片からいってみようか
唯一出てくる
ファーストの存在説明は
こうなっているんだ
――色を纏わず意だけで存在する
すでにセンサーとしての機能も持たずに
ましては時さえも必要としない存在
この宇宙どこにでも在り
始原から終焉までどの時間にも在り
そしてそのどこにも存在していないもの――
エオ本人が言っているように
正確なところはわかっていないのかもしれない
だから あくまで
エオの感想ってことで話しているね
エオもしくはエオの属する種族の
ファーストへの感想はこうなっている
ファーストは
『時』『色』『意』の共存にとって
危険な存在だってことへの説明だね
――『知覚出来ないものを認識する能力』
こいつはそのバランスを崩す
意が単独で存在しうることになってしまうのさ
わかるか?
ここんところはできるだけ押さえておいてくれ
時と色に従属せずに
『意』単体であり続けることも消え去ることもできる存在
おれたちはその概念を『ファースト』と呼び
その存在を忌み嫌う
少し違うな 恐怖するかな
そのように刷り込まれているんだ――
セカンドへの進化の刷り込みに対しての
エオの回答
――それこそが必要とされるんだ
セカンドと呼ばれるものの資質の中には
すでにファーストと同位の資質がある
それに気付かせないために
刷り込みが行われていると考えていいのさ――
進化の刷り込みの必要性には
しつこいぐらい触れているね
――直接知覚出来ないものを認識する存在とは
あきらかに物理的な要因が無い状態で存在できるもの
だが そのことに
気づかせるわけにはいかないからな
セカンドは本質的に
ファーストと同等の能力を持っている
ただ その進化の過程で
物理上のものにウェートを置くようにとの刷り込みが
色から逃れることに
待ったをかけてるだけさ
色から逃れられない限り
時からも自由になれない――
ファーストに対するエオの個人的感想としては
一文だけ出てくるね
――その存在にどんな意義があるのか
その存在とおれたちの種族や
セカンドのおまえらにしても それ以前の生命にしても
なんらかの相似点があるのかどうかもわからない
直接ファーストに訊いてみないかぎり
わからないだろう
まあ 訊いたところで
おれたちと論理が同じかどうかさえわからないがな
もっと重大な問題がある
実際にファーストという存在が
実在するのかどうかということ
おれたちにはその危険性が刷り込まれているが
なぜか漠然としたことだけだ
実際にその存在に出会ったとか
セカンドがファーストに変換した事実の記録はない――
もしかすると……
ぼくの勘違いだったり
深読みだったり
一番可能性の高いのは
希望的観測というバイアスでの
読み取りかもしれないんだけど
このファーストってものを
エオが認めているんじゃないかって
思うところも書いてみよう
セカンドの『考える』ってことは
無意味なものだって説明に少し出てくる
ファーストについての記述の部分だね
セカンドは手探りで
一つ一つのパーツの構造を
解き明かしていくことができるけど
まず すべてのパーツの構造の
謎を解き明かせるかどうかはわからない
その上 パーツそれぞれの構造が
分かったとしても
それが組み上げられた最終形には
いかに知覚できないものを認識する能力を
持っているとはいえ
その認識は届くことは無いってところ
――ファーストというものを仮定しよう
かれらは想像ではなく
出来上がったものを実際に知覚できるはずだ
この宇宙の始原から終焉
端から端まですべての時間 場所に
だが その性能や形状が知覚できたとして
実際それが何に どのようにして作用するのか
そのいちばん肝心な部分はわかりはしないだろう
できあがったものが動き出す
その能力を発揮するという時点
それはすなわち
この宇宙の終焉でもあるはずだからな――
ここっておかしいと思わない?
セカンドは
宇宙に散らばるパーツを知覚できなくても
認識することによって
解き明かしていくってはなしだったよね
セカンドが 宇宙の謎に立ち向かう方法として
「知覚できないものを認識する能力」
が出てくるんだよね
物理的な科学力が追いつかないものに対しても
認識は出来ちゃうってこと
セカンドの本質には
ファーストと同様の資質があるってことも
書いてある
そのために進化の刷り込みによる
制御が必要ってことなんだから
と いうことは
ファーストにも当然
セカンドと同じような能力があっても
おかしくないはずなんだ
「知覚できないものを認識する能力」ってものが
それなのにあえて
――……だがその性能や形状が知覚できたとして
実際それが何に どのようにして作用するのか
そのいちばん肝心な部分はわかりはしないだろう……――
って言っている
あれっ って思わないかな
もうひとつ希望的観測
『散歩』では初めと終わりは
エオとその仲間の会話の部分が
書いてあるんだ
その部分には
あまり大したことが書いていないから
メモにもほとんど残していないんだけど
最後の会話のところだけは
残しているんだよね
少しだけ補足しておかないと
訳がわからないと思うけど
いつか気が向いたらエオと
仲間(?)のアラモの話は
書いてみようと思うけど
いまは単純にこの二人は
エオの同族だと思ってもらえればいいよ
『散歩』で『わたし』が帰っていった後の
エオとアラモの会話だね
――やはりここのセカンドの質は変わってきてるな
そろそろ最終コーナーに向けて
スパートをかけてるんじゃないか
限界以上の意を詰め込んだって
感じだったぜ
おれのはなしについてきやがった
それも頭で理解するんじゃなくて
感覚でな
今頃 頭がごちゃごちゃになってるだろうな
感覚で理解したことなんて
その場から離れれば急激に薄れるからさ――
――ほう
そりゃたしかに変わってきてるみたいだな
普通なら考えて考えて
考えあぐねたところで最後に
感覚に頼って鍵をあけるやつばっかりだったんだが
そういえばこの前のやつも変だったよな
感覚に頼らずに
頭だけで鍵を開けやがったんだから
ん?
今頃頭がごちゃごちゃになるって
戻ってきてるのか?――
――そうなのさ
頭で理解してそうにもないのに
戻る選択をしやがった
おれもまさか戻っていくとは
思っていなかったんだがな――
――どうするんだろうな――
――ああ まったくどうすることやら――
……本当にあいつがこれからどうやって
残りの時間をつぶすのか
そこでなにを考えるのか
興味がないこともない
もっとも なにかに影響を与えることなど
ありえないだろうが
想像してみる
考えに考え抜いて
頭である程度理解できるようになったあいつが
ここに来てアラモに議論をふっかける
アラモのことだから
真面目に答えていくだろう
だが セカンドであれ おれたちであれ
行き着く疑問はひとつ
そしてその答えは
アラモにだって答えられるわけがない
大のおとこが二体真面目になって
答えのでない問題について語り合う
その様子をはたから眺めている
なんてのはおもしろそうだ
けっこう滑稽な状況じゃないか……
――どうした
またなにか悪だくみを考え付いたのか?
一人笑いっていうのは不気味なもんだぜ――
――ニヤついてるかい
いつもと変わらないつもりなんだがな
なに あのやろうが戻っていくって決めたから
少しだけヒントをやったのさ
この店を教えておいた――
――ここをか?
そいつが来るってのかよ
別にかまやしないが
なにをしろっていうんだ?
おまえじゅうぶん話してやったんだろうが
それともなにか 無駄話ばっかりしてたってえのか――
――ちゃんと説明したよ
あいつが理解したかどうかは別にして――
……必要以上にしゃべったぐらいだ……
――ああ ちゃんと説明したさ――
コレスでお茶を
さあ これで最後にしよう
次回からは
量子論の初期の方のまとめに
取り掛かるつもりなんだ
もっとも またどこかへ
脱線していくかもしれないけどね
『散歩』に書かれているアラモは
暇つぶしでカフェを営んでいるという設定
ちゃんと店の名前も
だいたいの場所も書いてあったんだけど
調べてみてもその店は出て来なかったけどね
それらしい店はあったんだ
だけどどうも経営者は変わっていたみたいなんだよ
店の名は『ガー ドゥ コレスポダース』
場所はバブルの頃に盛んにおこなわれていた
埋立地の外れだね
地名は伏せておくけど
目の前にヨットハーバーがあるところと言えば
限られてくるんじゃないかな
『散歩の途中』に続いて
『コレスでお茶を』とか
『幽霊のいる風景』とか
まだまだいくつか書き込みはあったんだけど
それは またのはなし
これから書くのは
まるで本筋とは関係なさそうな だけど
『散歩』の最後がこれで終わっている
ってなにか意味があるのかもしれないんだ
……しばらく不信の目でおれを見ながら
やっとコーヒーをいれ出す
あいも変わらず丁重に儀式のように
どう入れようと
おれにそれほど違いがわかるわけはないだろうが
どうやらその所作が気に入っているらしい
まさか こちらへ戻る選択をするとは思わなかったと
アラモには言ったが
途中から戻りそうな気がしていたのはたしかだ
根拠はない
ただ感じがしただけ
だから この店以外にも
幾つかヒントを与えたつもりなんだが
あいつは記憶に留めているだろうか
もっとも おれが渡せるヒントなんて
役にはたたないだろう
だが なんとなく気に入ったやつには
お土産のひとつも持たしてやりたくなっただけだ……
――もしそいつが來たらよろしく頼むぜ
もっとも店の名前を教えただけだから
来るかどうかはわからんがな――
――来るだろうさ
鍵を手にするようなやつが
来ない訳がない――
……壊れ物を扱うように慎重に湯を注ぎながら
こちらも見ずにかえしてくる
独特の香り
山火事が消えたあと
しばらくたった時のむなしさと平穏
そして始まりの香り
たしかに コーヒーの香りってものは
人類最大の発明のひとつかもしれない……