自問自答

『存在』と『存在者』

ハイデカーさんの思想はすごいと思う。だけど今回は思想は無視して言葉だけを拝借してみよう。『存在者』を人間であるってことを無視して 『現存在』にとって関係性のあるものすべてと考えたらどうだろう。その関係性には濃淡はあるし まるで接点のないものもある。でも それが『存在』のいわゆる『行動の軌跡』になるんじゃないだろうか。
自問自答

人間ってものから少し離れてみよう

『存在』と『現存在』 言葉にこだわらなければ『人間』と『自然』の関係のように扱われて研究されている。『現存在』と『存在者』 これも個人と社会の関係として研究されているね。要は人類とそれ以外と 人類の中の社会構造の研究は進んでいるわけだ。でもぼくたち(ぼく)の一番知りたいのは『個』と『それ以外』 ってことじゃないのかな。
自問自答

存在 存在者 現存在

『哲学』 なんてかしこまらなくても人間の根本的に抱いている疑問の一つにこの世の中っていうのはなんだろう? というものがあるんじゃないかな。でも哀しいかな人間は社会的生物。世の中を生き延びるために他者との関係も重要になってしまう。他者との中の個と世界というより大きなものの中の個。どちらが個人にとって大きい存在なんだろう?
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自問自答

そろそろ戻ってみよう

自分(ぼくのことだよ)ってものはなんなんだろう? 結論も出ないし 考えたところでどうしようもないことだけど だれしも一度は頭の中をよぎった問題じゃないかな。少なくともぼくはそうだったんだ。自分は何か? 突き詰めれば生きている意味の探索。それをもっと突き詰めれば『死』ってなにかになっちゃう。 ってカッコつけすぎかな。
雑学

生命記号論

遺伝子を利己的とするとその目的はその設計図を子孫に伝えること。設計図という言い方をするとなにかに与えられたものという勘違いがおきちゃうから 設計図じゃなくてその個(種)の持つ情報を未来に伝達することが第一命題ってことでいいんじゃないかな。では情報ってなんだろう? そしてその情報を読み取る相手とはなんなのだろう?
雑学

科学から離れる前に

遺伝子が利己的であるということは自分の持つ情報をはるか未来の子孫に伝えようとしているってことになる。個の存続年数は限定される。その中で情報だけを繋いでいくんだね。だけど情報というものはそれだけでは意味を持たない。その情報を読み取るものが必要とされるんだ。では遺伝子が繋いでいく情報はいったいなにものが解読するんだろう?
雑学

進化から見る生物学

生き物を科学で考え始めると『命』や『魂』ってものの存在のあやふやさってものが際立ってくる。『人間』というものを特別な存在だと思い込もうとしても『人間』も『生物』の一形態だと科学は突き詰めてくる。そして『生物』の生態は個の意志などを無視して存在するとも。科学は「人間にとって世界とは?」から始まったはずなんだけどね。
雑学

ESS理論

初期のゲーム理論を運用・研究したのは経済学者や戦略研究者だったんだ。ただし科学を名乗った以上 研究者としての彼らは人間というファクターの処理に困惑したんだと思うよ。初期のゲームの理論が経済学として発展しなかったのもわかる気がする。ただその理論から人間性を排除した生物学の分野ではその有効性は認められたってことなんだよね。
雑学

なぜか経済学

『ゲームの理論』といえば現代の経済学の主流を占める学問(らしい)。もっとも4~50年前まではそれほど注目されてなかったけど。初期のゲームの理論は戦争や経済競争の為に構築されたけどそれを生物学 特に進化というものに応用した生物学者さんがいた。そこで構築されたESS理論が逆輸入という形で経済学にも生かされてきたんだね。
雑学

遺伝と進化 Ⅲ

生物の構造進化の研究の主体は『生物学』のはずだよね。そこに『心理学』が長年の論争であった『氏・育ち論争』の糸口を見つけるためにちょっかいを出して行動からの生物の進化・遺伝の研究が進んだってこと。哲学も自然科学も行き着くところは「人間にとって」この世界はどうなっているんだろうという研究だからこの融合は正解かもしれないね。
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