散歩の途中

新天地

『虐げられているものはその時代の変革を願い、虐げているものは現状が続くことを願う。当たり前のはなし。だけど攻めるための努力と守るための努力では同じ努力でも進化スピードに格段の差が出てしまう。だから『現状の弱者は次代の強者になる』っていうのは長い目で見れば間違ってはいない。だけど、その次代っていうのはいつ来るのだろう?
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弱肉強食の世界

水中から地上へ生物の移動。なぜか進化とかポジティブな捉え方で書かれているものが多いけど、当時の実体としてはそんなに勇壮なものじゃなかったんじゃないかな。水中での楽園から追い出された弱者が命からがらたどり着いた過酷な生存環境の中で必死に生き延びようとする。そんな感じだったような気がするね。
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そして『多細胞生物』へ

生物の進化は続いていく。『生き物』なのか『非生物』なのかわからないような存在から真核生物なんていうやっと組織だった『生物』へ、そしていよいよ『多細胞生物』へと。この進化のしかたはどことなく人類社会の発展のしかたに似ているのかもしれない。個で生きていた人間が個人事業者に、個人事業者がいつしか大きな会社にってね。
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散歩の途中

大量絶滅

バクテリアたちの世界から真核生物、そしてもっと複雑な生命形態になっていけばいくほど生存環境の幅は狭まっていく。きっと個体としての外部環境に対する対応力というのはそれほど変わらないのかもしれないけど、種としての対応力は生命が複雑化すればするほど弱くなっていくんじゃないかな。
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生物

このエオって人物は前身、それが真実なのか戯言なのかはどうでもいいけどさ、シアノバクテリアにこだわりはあるみたいだ。このシアノバクテリア地球上にはじめて光合成を持ち込んだ存在。そしてこの光合成によって大気組成に酸素が大量に含まれるようになるんだからもしかしたら生物の生みの親かもしれないんだよね。
散歩の途中

なんとなく目的論

『目的論』ってのは、『「目的論」は、「人間を含む諸存在が、どこに向かって存在・活動しているのか」』(ウィキペディアから抜粋しちゃttけど)ってことらしい。ようすうるに存在には意味があるってことを言いたいんだろうね。もっと極端に言えば人生に意味があるか無いかって議論みたいなもんかな。
散歩の途中

進化

なぜか現在のところ人類ってものがこの地球のチャンピオンを名乗っちゃっている。これって考えてみれば不思議なことだよね。生物層、一応比較対象としてそこそこの大きさを持つ動物の中で人類なんて中(もしくは下の上くらいかも)じゃない。それが覇者として地球上に君臨しているんだから。
散歩の途中

ここはどこ? わたしはだれ?

ちょっと脱線して『詐欺』のはなし。詐欺って犯罪だってみたいによく報道されてたりするけど、あれってあくまでも刑法上の犯罪の場合。極端な言い方をすれば世の中多くの人が詐欺師ってことになるかもしれない。営業だってサービスだって人との付き合いだって、もしかすると宗教だって詐欺かもしれないよ。
散歩の途中

『意』 無秩序な観客

「意」というものをなんとなく人の思いだとか魂みたいな捉え方をしてしまうけど、なんのことはないただ単に物理現象だと考えていいのかもしれない。もっとも古典物理で捉えられているマクロの世界でのはなしじゃなくてそれこそ量子力学の活躍するミクロの世界での物理現象だけどね。
散歩の途中

宇宙

宇宙の寿命227億年。宇宙誕生から現在まで138億年。地球誕生から現在まで46億年。星の寿命57億年。さあ困った。宇宙誕生から138億年と地球誕生から46億年っていうのはその数字が出ているみたい。だけどその終焉については未だ確定した数字なんか出ていないんだよな。もっとも未来のことなんて誰にも分らないけど。
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