光量子仮説

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エネルギー

エネルギーってものが『エネルギー量子』という

最小単位で構成されているらしいっていうのは

現在のところ正しいとされている説。

でも、待ってもらえるかな。

みんな簡単にエネルギーなんて言っているけど

この『エネルギー』っていうのは

どんなものなんだろう。

簡単に思いつくものでいえば

『火』とか『熱い』なんかは

エネルギーだよね。

爆弾もそうだし、人を殴り飛ばすのだって

エネルギーってことじゃないかな。

人間の身体だって何かを食べなくっちゃ

エネルギー切れをおこすだろうし

車だってガソリンが無けりゃ走らない。

だとすると食べ物がエネルギーなんだろうか?

ガソリンがエネルギーなんだろうか?

マッチがエネルギーなのか付いた火がエネルギーなのか。

なんとなくすっきりしないだよな。

この定義がはっきりしないっていうのは

実は当たり前のことかもしれない。

なんといってもこの『エネルギー』ってことばが

これだけ使われだしたのは19世紀後半になってからなんだからね。

もともとはギリシャ語からきているんだけど

ν(エンもしくはヘン)とργον(エルゴン)の合体語。

エンは前置詞かな

エルゴンは『仕事』って意味。

英語と日本語のちゃんぽんで言えば

In 仕事ってことだね。

このエンがややこしい

行為の理由・動機・目的・性格・素質・資格なんて広い範囲での使い方をするから

エネルギーってことばの解釈が

統一されないのも仕方が無いんだよ。

一応「物が仕事を成しえる能力」という意味で

出て来た言葉らしいけど

いつのまにか熱・光・電磁気もエネルギーを持つことにされちゃって

いまじゃ質量までエネルギーの一形態ってことになっているんだから

こまったもんだ。

光ってなに?

光や音はデジタルかアナログかって

書いたような気がするけど

結論から言えばデジタルってことだね

もっとも今のところはって注釈付きだけど。

(特に音に関しては少々無理なこじつけがあるように思うな)

ぼくたちが一般的に言う『光』ってのは

可視光線(目に見える光ってこと)のことだよね

だいたい波長が380 – 760 nmの波長の電磁波のこと。

エネルギーには『エネルギー量子』という

最小単位があるってことになっているんだから

電磁波の中のひとつである『光』にも

当然『エネルギー量子』という最小単位があるはずって考えるのは当然のこと。

この光ってものは

なんといっても目に見える(可視光線だもんね)から

昔から研究対象にはなっていた。

はるか昔はそれこそ宗教と神秘主義の

絶好のターゲットになっていたし

光と闇を善と悪に例える逸話なんて

山ほどあるもんね。

でも、じっさいに自然科学の分野で

議論が活発にされるようになったのは

17世紀に入ってからじゃないかな。

ホイヘンスさんが光の波動説を唱えて

つづいてニュートンさんが光の粒子説を唱えて

この二つの説の間で議論が戦われていた状態が

20世紀まで続いたってところ。

この論争

科学ってものの考え方を良く表しているような気がする。

理論があって

それに対する実験研究がおこなわれていき

そこから得られるデータを中心にして

正しいとされる(その時点でという注釈付きで)理論を採用する。

ただし、そこで終わることは無い。

次々にその研究・実験は続けられていくし

その理論に疑問を投げかけることも

続けられていく。

光の論争も同じようにして

続いていったみたい。

当時、実験の結果

あきらかに光には『波』の性質があることがわかってきた。

ヤングさんの光の干渉実験や

フーコーさんやフィゾーさんが

水中での光の速度の測定なんかで

「光は波である」という説が

ほぼ正しいとされていたんだ。

それでも科学者たちは歩みを止めない。

実験は繰り返し行われていったし

波と断定すれば起こる矛盾点も

しっかりと述べられ続けたんだ。

光の波動説の問題

光が波だとすると起こる矛盾ってものを書いておこう。

いちばん大きいのは

いったい何を触媒にして

光は波として存在しているのか? って

ことだね。

『波』と聞いて何を思い浮かべるかというと

海の波だったり、ギターの弦だったり

一番身近なものなら『音』が代表格かな。

海の波は水

ギターの弦はブロンズとかニッケル、ステンレスなんかもあるけど

金属やナイロンの線だね。

音の触媒はもちろん空気。

では光は何を震わせて伝わっているのか? って問題。

地上だったら空気や水なんてものがあるかもしれないけど

宇宙だとどうなんだろう。

太陽の光はたしかにぼくたちのところまで

届けられてきているけど

たしか地球と太陽の間には

広大な真空という何にもない空間が

広がっていたと思うけど。

むりやり『エーテル』なんてものを

仮説で出してつじつまを合わせようとしてみた人もいるけど

あくまでも仮説の段階からは

出られなかったみたいだね。

もう一つ光の速度の問題がある。

当時からすでに光の速度は一定だってことは

認められていたんだけど

相対差のある観測機を使った場合に

その速度がどうなるのか? ってことも

解明されないままだったんだ。

これについては

アインシュタインさんの登場を待つしかなかったみたいだね。

実験・観測装置の発達

科学者たちのたゆまぬ研究のたまもので

現代ではなんとかつじつまが合いそうな

説が出て来たってことじゃないかな。

光量子仮説

しばらくは波動説に押されて

鳴りを潜めていたニュートンさんが提唱した

『光の粒子説』が表舞台に飛び出したのは

ヘルツさんが発見した『光電効果』

プランクさんの『エネルギー量子仮説』

アインシュタインさんの『光量子仮説』

コンプトンさんの『コンプトン散乱の説明』と

1900年前後の短い間に

光の粒子的振る舞いの研究結果が出て来たのが原因。

なにより光電効果に対する説明として

アインシュタインさんが発表した

『光量子仮説』が大きかったように思うね。

光が波動だけだったとしよう。

光の力っていうのは

光がどれだけ強いか弱いかで決まっちゃうよね。

強い光を当てればそれだけ強い影響を

対象にあたえちゃうってこと。

ところが実験していくうちにかならずしも

光の強さと対象に与える影響が一致しないってことが

わかっちゃったんだ。

これが『光電効果』

金属なんかに光を当てたときに

そこから飛び出してくる電子が

光の強さに比例しないで

波長に影響されていることが実験結果で出たんだよね。

これは光が波だってことにしちゃうと

波の振動数×振幅が光の強さを決めるわけだから

説明がつかないんだ。

そこでアインシュタインさんが唱えたのが『光量子仮説』。

プランクさんが発表した『エネルギー量子』が

光にもあるんじゃないかって。

そうするとこの『光電効果』が説明できたってことなんだ。

後にコンプトンさんらが実験で

光の中には量子が存在することを証明しちゃった。

こうして光もまたデジタル世界へ

仲間入りしちゃったわけだ。

だからといって光が波じゃないってことにはならない。

光が回折や干渉を起こすことは

実感で確かめられているんだし

光が粒子だってしちゃうとこれまでの実験結果が

(たとえば二重スリット実験なんか)

根底から崩れちゃうからね。

こうして一つ問題が解決すると

新しい問題が。

科学っていうのはきりが無いんだよな。

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