2024-11

散歩の途中

一縷の希望

散歩の途中は物語でしかない。『わたし』と『エオ』の問答集で構成されている。だけどプロローグとエピローグには小説風の描写がある。最後にはやはりその部分を入れておこう。セカンドである「わたし」の立ち位置はどこになるのか。そして「わたし」というセカンドとファーストの関係は。語られてはいないが 示唆はされているのかもしれない。
散歩の途中

セカンドと宇宙

知覚できないものを認識する能力。それがどういった意味を持つのか 結局なんら確証がは出て来ない。セカンドと呼ばれるぼくたち人類はただの使い捨ての道具。これは納得してもいい。ただ無理やり作られた装置だけに予期せぬ危険性を秘めている。そして その危険性は宇宙に対してであって個人にとっては新たな可能性なのかもしれない。
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